◆我鏡(がきょう)映さず他人との背比べ 意味 ↓↓↓ 自分のしていることにはこだわらず他人と競って満足・嫌悪に走る人。 ↑↑↑ まぁ、完全に私の造語ですけどね(笑) 我慢とは己との闘い。 他人をその秤の上にあげたらダメだよね。 欲が勝つか、それを上回る己が勝つか。 今の私は常に自分との闘いで心の中は中東アジアの戦地より激化してる。 でもそれを治めたとき新しい自分が生まれ、そしてまたなんらかの原因で戦地になる…。 自分の心の中でならどんな戦地も乗り越えられる気がいつもしてる。 っていうより乗り越えなきゃね。 目の前の出来事や壁・障害から逃げたら負けるし。 欲に降伏しても自分の心はのっとられ、全てがうまくいかなくなる。 本当は嫌だけど、今の私は 【Welcome to 障害】 どんな嫌なことも乗り越え続けたい。 パッと聞いた感じ、ただの自身の修行みたいに思うかもしれないけど。 乗り越え続けたい理由は山ほどある。 ・大切な人間の人生変えるために私は戦地に乗り込む 自分の為でも障害は辛いことなのに自分以外の人の為に障害に乗り込むのは思ってる何倍も何万倍も辛く大変なこと…。 だから親って尊敬できるんですよね。 我が身を棄ててでも我が子を守ろうとする。 そうできることぢゃないし、親という立場の人たち全員がそれをできるわけでもない。 でも私はそういう大人に親になりたいんだ。 私が見つめる背中はそういう人の背中で、常に見てます。 [先頭ページを開く] [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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